こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。

7月4日は、路地と人のメンバーでもある、esou ceramicsによる「型抜き箸置きワークショップ」を行います.
このワークショップでは、元になる石膏の型から作ってゆきます.
型を使うと同じものがポコポコたくさん出来ます.

家族分の箸置きはじめ、たくさんの人に配る景品・記念品、結婚式の引き出物などにも便利です.
一般的な箸置きサイズより小さい物なら、ボタンや、ブローチなどでも大丈夫です.

このワークショップ、私も初めてなので、7月の回は出血特別お試し価格で参加費1,500円ですので、ぜひどうぞ.
以降、毎月第1土曜日に開催を予定しております.

日時・2015年7月4日(土)
13:00より説明30分ほど
13:30から15:00、制作
15:00より後片付け30分ほど
終了15:30の予定.

定員:5名

時間内に作った分の石膏・粘土・彩色・焼成代等の制作費は参加費に含まれます.

また、完成までに最低2回の焼成が必要です.ワークショップ当日に作品をお渡しする事はできませんので、ご注意下さい.

その他、ご質問、ご予約は
rojitohito@gmail.com
でお待ちしております.

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石膏型を使った雷鳥箸置き.

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箸をロープに見立てたロープウェイ箸置き.


※彩色につきまして…
彩色をお考えの方は、焼いてない粘土に彩色するので、あまり自由な色付けができないと思われます.ご了承ください.
ご要望があれば、仮焼き(陶芸では素焼きと呼んでいます)後の彩色ワークショップも、8月以降、開催を考えています.
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# by rojitohito | 2015-06-17 01:35 | 2015年終了イベント | Comments(0)

鶯色ライヴ -白昼綺譚

こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。

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白昼綺譚

2015年6月19日(金)
19時開室
19時半開演
入室料 千円

演奏・うた
鶯色
(鈴木美紀子・山田民族)

序幕
朗読・光とか
原田淳子

-


夜に、瞬く
現の、まぼろし
夢の、さえずり

.
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# by rojitohito | 2015-05-30 23:18 | 2015年終了イベント | Comments(0)
こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。

中西レモン個展
連続企画 歴史による無名化(仮)


~第一回 岩倉亮介『二人の休憩』から
 2015年5月19日(火)~5月26日(火)

~第二回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から1
 2015年5月30日(土)~6月6日(土)

~第三回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から2
 2015年6月10日(水)~6月17日(水)

開廊時間 17時~21時(土日は15時~21時を予定)
*開廊中は主に作業風景をご覧になれます。
*初日は搬入からご覧になれます。また最終日は搬出もご覧になれます。

*この連続企画の進行・経過はこちらから随時ご覧になれます。
https://www.facebook.com/events/1583099925275851/

__________

~第二回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から1
2015年5月30日(土)~6月6日(土)

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岩倉亮介『エジプトのマリア(未完)』(画面左)、岩倉亮介『エジプトのマリア(習作)』(画面右)


・岩倉亮介『バレリーナ』に髭を描く。『二人の休憩』の絵の具除去作業(画面6分割にし、基本一日1区画の絵の具を綿棒等で除去)。

こうした事を通じて、第一回は今回の基本的なテーマ・「歴史による無名化
の象徴とも体現ともいうべき行為が祭式を擬する形で試みられます。
画家個人によって痕跡化された人為的な何か、これは絵画にとってはそれ自体の価値を構成するもっとも根本的な部分です。主語に時間を置き、そういった画家の痕跡、ひいては画家そのものの無化を進める作業を、私が代行的に執り行う事を通じて、今回のテーマの表象化が目指されるわけです。
その上では、やはりその時間の流れていく経過にと重なるように、作業自体は淡々と執り行われる形をとるべきかと思われます。そしてまた、その作業時間が、粛々と行われる祭式的な何かしらの工程にと擬せられた行為とみられることでもありたいと、どこか思うところもある、そういう作業が第一回の作業です。

ーーーーーーーーーー

・岩倉亮介『エジプトのマリア(未完)』を、『エジプトのマリア(習作)』を元に仕上げを試みる。会期中に描き上がるか否かに関わらず、第二回終了日に絵筆は置く。


そして第二回。
ここでは、第一回目でとりあげた歴史によってなされる作用の、その主語である歴史という概念そのものと同時に、これを形作ろうとする人為性にと焦点があてられます。いえ、今回の作業の様なテーマを掲げる以上、そのテーマを構成する概念の内訳へも一応の向き合い方を示すべきではないかといった必然性が私の中に浮上してきたわけです。

当初、歴史という単語そのものは、大前提としては単純に時間の流れとして今回は扱う予定でした。しかし、さらに一歩進んで、漠然ととらまえどころのない時間の流れから、これを認識可能な何かへと編成しようと云う積極的な人為の現れとして歴史という概念を大まかに捉えてみてはどうであろうか、と思うようになります。この単語を使用する上では、やはりこの概念が常に抱える社会的な意味あいが、なにかしらの政治性とともに育てられ、またなにかしらの正当性の根拠として用いられるなどする傾向があるように思われたためでもあります。いえ、今私がこのような大雑把な物言いをする迄もなく、この歴史と云う概念とそれを構成する様々な考察が示そうとするその全体性や方向性が人為の所産であることは疑いの余地はないことでしょう。ハリスン風に言うと、歴史は芸術同様に、総体的には集団的な要請の一つの現れと云ってもいいのかもしれません。
さて、こうしてあえて問題化されるべきとの思いに至った歴史という概念を象徴的に表す作業としては、今回購入した絵画と向き合うなかでどのように表されるのが適切であろうか、と云う事が当然問題となります。そこで私は、これを歴史の考証作業にあえて擬する形を採るのはどうかと思いつきました。それは未完成のままに取り残された痕跡に対して、その完成形が想像・復元されるというような、物質的にはバラバラとなった土器が復元されるような作業です。実証性を推し量りながら認識可能な歴史の形成を行う上での最小単位の事実を形成する作業。人為的痕跡への他者による更なる介入の形をとって明示される構造をもった作業。こう云った欠片の更なる積み重ねによる認識上の大規模空間の構築と、そこに働いた人の精神の現れを考証して総体化を試みる人為の集合体とも言うべき概念態としての歴史。その最小単位の作業を擬することは同時に極めて大雑把にその総体的な構造をも擬することになるのではないかという淡い期待が、今回の第二回の作業に込められようとしています。

 ここで皆さんに展示される作業は、過去の未完成作品を習作を基に復元することが目指されるような類のものです。当然のことながら、この回では私の作品として一枚の油彩画を仕上げる必然性はありません。しかし、仕上がりをみる絵画は、それ自体岩倉の作品とも言い難いものとなるはずです。作品の作者が岩倉亮介なのか私なのか。面白い事に、復元作業に当たる私が、その歴史的客観性と言うような、作業上保持されるべき意思に基づくよう努めようとすれば務めようとするほど、作品とその価値が拠り所とする第一条件・作家(性)といったようなものが宙ぶらりんとなる事かと思われます。そして、私が一人の解釈者として執り行うこの復元とも創造ともつかない作業、いえ、ただ人の絵に上描きを施しているだけにすぎないかもしれませんが、こうした作業を通して、歴史という概念、あるいはそれを構築し解釈する人為が象徴的に展示されることがこの第二回の一応の試みなのです。



__________

~第三回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から2
 2015年6月10日(水)~6月17日(水)


・第2回で仕上げを試みた『エジプトのマリア(未完)』の絵の具除去作業。(作業工程は基本的に第一週におなじ)
※『(髭の)バレリーナ』、『エジプトのマリア(習作)』は、前者は第二回で試みられる歴史考証的な作業とも異なる形ではあるが、美術史の内側に止まる作業としては作者が二人いる状態のものとなる。後者はもともと未完のまま残された習作である為、その作品としての意味合いや価値づけの所在は曖昧のままであることから、この二つの宙ぶらりんには最終的な絵の具の除去は保留される。


第三回。第三回は非常にシンプルです。
第二回の作業を通して体現の試みられた象徴としての歴史は、その構築に費やされた時間・能力・労働の如何に関わらず、当然のことながら時間の経過や時代性の変化と共に変質を免れ得ず、やはりいずれは無名化または無化にとさらされて行きます。
作業の上では第一回と同じ作業が、歴史に擬して復元・創造された絵『エジプトのマリア(未完)』にと施されることとなります。この時の作業にはしかし、第一回目のそれとは必然的にやや異なる意味合いが、一層加えられた絵の具とともに投影されてくるはずです。
ものとしての一枚の絵に対するやや暴力的とも思われがちな、ただの一回性のハプニングとして作業が終わるのではなく、歴史とそれに付随するように立ちあげられようとする価値や意味といった概念とそれを構築しようとする意思・人為までも、いえ全ての物事が、やはり時間と共に無化にとさらされていくということ。あらゆる人為的な事柄が、それを為そうとした人物の影もろともに無化されて行く作業にと象徴的に重ねられてゆく所に、今回の全体のテーマ・歴史による無名化を標榜する作業としては、ようやっと漕ぎ付けるようになるのではないかと思っています。しかも、陰影の激しい、感情をあおり立てるような演出によってではなく、極めて淡々とした作業で行われてこそ、その無化作用の表象には似つかわしいように思われます。
一方で、再び浮上してくるであろう祭式風の事柄も、やはりこの時には祭式がたどる時代的・社会的な意味あいなど変化を被るように、ここではその形式的な空虚さをさらして行くことになるでしょう。その意味あいは体験を通してある事象をイメージ可能な何かにと抽出していくような段階、そしてこれに続く象徴的段階を経ていったいどのようなものへと変成していくのでしょうか。いえ、むしろここでは、やはりそれすらも烏有に帰すると云うべきかもしれません。とりもなおさず、今のところはそれすらも無化の一つの表れであると積極的に捉えて行きたいと云うのが、この試みを遂行する上での今の私の思いです。

さて、ざっとこのようなコンセプトで「無名化」あるいは「人為性の無化」とでも言うべきことがらを象徴化する作業を試ることが今回の私の一連の企画です。
言うまでもない事ですが、あくまでも今回の作業は試みです。こうすることが、私がどうも気にかかり、今回取り上げようとした何か良く解らない茫漠とした何かを表すための決定的な在り方であるのかどうかすらもまだわからないような試みです。それゆえにとも言えますが、私はこのたびの作業を今思い描いているように遂行するよりほかないと思っています。
今回展示することにした一連の作業。それは私の設定したコンセプトに沿っての作業ではありますが、その初めは、岩倉亮介と云う恐らく現在無名の画家との出会いに端を発しています。ですから、少なくともこれは私なりの彼との対話の現れであり、またテーマの表象化が今回たどった道程というのも、やや一方的ではありますが、私と彼との対峙するその中間に立ちあがってきた問題意識の姿であると言えるかと思います。
重複しますが、今回の作業は私が既に解ったと思っている事を披露する展示ではありません。何かと出くわしたその事を発端としながら、私がまだ関心を十分に構築できてこなかったような、あるいは単純に伺い知れないと見て見ぬふりをしてきた様な解らないことへと向き合うことにと一歩踏み出すような試みでありたい、いや作業としてあるべきだと思っています。いや、うそです、ちょっと大きめに口を滑らせました。しかし、滑らせた口も継いで行きたい。瓢箪から駒が出る事もあるでしょう。ですから、今回の様な形象化されざる概念や想念と云ったものごとの形象化を試みる事が出来る余地を芸術は祭式に遡るその原初性においては宿していたのではないか、いやもっと積極的に社会から要請されてもいたのではないかと、私は時代錯誤者か、あるいは誇大妄想狂あたりを自任しつつ、ハリスンの論文を大幅に誤読しながら、作業への後押しにして行きたいと思っているのです。
くどいようですが、会期中はどうぞふらっとお立ち寄りください。作業の合間、集中力の途切れた時にはお相手致しますので。

2015.5.7 中西レモンとか大谷将とか



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岩倉亮介『バレリーナ』(1990年 第12回一創会展出品)




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大谷 将/中西 レモン(おおたに まさる/なかにし れもん)

絵画制作および絵画術研究にはじまり、声・体を使った表現、さらにイメージとその表象技術・場へと関心を広げ、これらに関する制作・企画を行う。近年は専ら盆踊りを足掛かりに唄・踊り・語りについてのフィールドワークを行っている。舞木の会共同代表。
展示『掛唄』(2002年秋田・県指定無形民俗文化財金澤八幡宮伝統掛唄行事会場での展示)、『掛唄 vol.2』(2004年東京)。
展示企画『田中英世写真展―舞踏の2000年代を中心に』(2010年東京)他。
舞台企画『ちょっとした舞・踊の祭典 畳半畳』(2004年~東京他)他。
編集『インタビュー・資料集 豊島の盆踊り音頭』(2014年てしまのまど発行)。

http://angel.ap.teacup.com/remonna/

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# by rojitohito | 2015-05-27 00:00 | 2015年終了イベント | Comments(0)
こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。

中西レモン個展
連続企画 歴史による無名化(仮)


~第一回 岩倉亮介『二人の休憩』から
 2015年5月19日(火)~5月26日(火)

~第二回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から1
 2015年5月30日(土)~6月6日(土)

~第三回 岩倉亮介『エジプトのマリア』から2
 2015年6月10日(水)~6月17日(水)

開廊時間 17時~21時(土日は15時~21時を予定)
*開廊中は主に作業風景をご覧になれます。
*初日は搬入からご覧になれます。また最終日は搬出もご覧になれます。

*この連続企画の進行・経過はこちらから随時ご覧になれます。

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~第一回 岩倉亮介『二人の休憩』から
 2015年5月19日(火)~5月26日(火)

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岩倉亮介『二人の休憩』(1989年 第11回一創会展出品)



2015年3月20日、自宅近所のリサイクル店店頭に置かれた一点の額入りの油彩画を買った所からこの展覧会は始まっています。そして展覧会期中にこの絵は失われます。

この『二人の休憩』と題されたS50号は1989年に一創会という団体展に出品されたものです。作者は岩倉亮介という近年亡くなったほぼ無名の画家です。私はこの絵を見て、約十年ぶりに自分の展覧会をやってみたいと思いました。それはこの410円で購入した絵をそのまま展示して、価値という概念を問うような展示にしてもよかったんですが、しかし、私としてはそれ以前から興味のあった無名性という形なき事柄へとこれを供したいという思いが強くなりました。私は歴史がもたらす無名性を観念化する作業を展示したいと思っています。

もう著されてから一世紀以上もたっているんですが、ハリスンと言う方が古代祭式と芸術の関係を論じています。要約すると、四季の運行といった自然現象などを人の姿などに形象化する段階があり、これは人々が生き抜く上での祈りのなかで体現される。この時点では祀られるものは神というよりもむしろ神以前の精霊の様な位置づけになるであろうと考えられます。またここでの祈りは集団合唱および踊りなどによってあらわされていたと推測されます。この、当初は生活を共にする集団の構成者全員参加で行われていた祭式も、次第に国家形成など集団の拡大と組織のありようの変化に伴い、祀られる神の性格、あるいは祭式のあり方も変容します。舞唱へ直接参加する者とこれを見る者との分離が生じ、演じる者と観賞する者といった立場が現れ、その構造の延長で次第に双方が祭式を離れた事柄へと展開していく。この流れの上に芸術と言うのがあらわれて来るのだ、といった具合です。あくまで要約ですから、語弊があるかもしれません。
さて、この芸術が生まれる迄の過程として投げかけられたこの論旨に、私はなにか改めて目から鱗のおちる思いがしました。それは表現技法の選択の自由といったような事が余りにも自明化しているように思われる環境のなかで、はたしてその論拠を改めて再構築する時にはどこに戻って、どのようにこれを求めたらよいのかと言うことに迷いがあったためです。むしろ今日にあってはフィールドワークでの資料採集は出来ても、芸術としては何も問わず、なにも為さない事の方がかえって芸術としての何かしらの方向性を体現するとも思われていたくらいです。しかし、私はこの論文と共に一つの実験をしてみたくなりました。それはかねてより興味のあった歴史における無名化です。これだけ同時代に人がいて、しかも、有名な人などが有るけれども、時間の幅の差こそあれ亡くなると途端にいなかった事と変わりがなくなてしまう。人の名も業績もそういう無常にとさらされていってしまうものです。その虚しさを前に人事を尽くす事を否定したりはしません。しかし、この無化ともいえる働きは一体何なのでしょう。人の無関心のなせるわざなのかもしれませんが、それでわかったつもりになれるような事柄でしょうか。
この作用における過渡的な段階をも含んだことば・無名化。私はこの興味を非常に短絡的かもしれませんが、ハリスンの論旨を誤読しながら表象させる実験に臨もうと思っています。擬似的とはいえ祭式の供せる贄はリサイクルショップで買った絵です。しかし、このようなたとえをしたからと言って、別に暴力的でおどろおどろしい事をしたいのではありません。むしろあっけらかんと、多くの画家がこれまでも、そしてこれからも迎えるであろう無名化を、目に見える形で展示できたらと思っているだけなのですから。
尚、この行為が祭式的であるか美術的であるかに関しては、私自身の考察はないわけではないのですが、ハリスンの論文がそれぞれの眼差しにさらされること同様、皆さんにはどこかでジャンルに固定されない、行為の行われている一つの状況として提示したいところも有ります。ですから展覧会としての性格はもちろん残しながらも、どこか商業的な意味も含め、展示スペースとしての性格が先立ってしまうような場所ではない曖昧さのある空間が似つかわしいように思われました。路地と人は、その点で渡りに船といった空間に思われます。どうぞふらっとお立ち寄りください。作業の合間、集中力の途切れた時にはお相手致しますので。

2015.4.8 中西レモンとか大谷将とか

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大谷 将/中西 レモン(おおたに まさる/なかにし れもん)

絵画制作および絵画術研究にはじまり、声・体を使った表現、さらにイメージとその表象技術・場へと関心を広げ、これらに関する制作・企画を行う。近年は専ら盆踊りを足掛かりに唄・踊り・語りについてのフィールドワークを行っている。舞木の会共同代表。
展示『掛唄』(2002年秋田・県指定無形民俗文化財金澤八幡宮伝統掛唄行事会場での展示)、『掛唄 vol.2』(2004年東京)。
展示企画『田中英世写真展―舞踏の2000年代を中心に』(2010年東京)他。
舞台企画『ちょっとした舞・踊の祭典 畳半畳』(2004年~東京他)他。
編集『インタビュー・資料集 豊島の盆踊り音頭』(2014年てしまのまど発行)。

http://angel.ap.teacup.com/remonna/

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# by rojitohito | 2015-04-17 12:00 | 2015年終了イベント | Comments(0)

永岡裕介 「大天府」展

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永岡裕介 「大天府」
2015.05.05(火) - 05.17(日) 14:00 - 20:00

※05.11(月)はお休み

■永岡裕介 | Yusuke Nagaoka
 1981年 大阪生まれ
 東京都在住

 Yusuke Nagaoka
 Born in 1981 Osaka, Japan.
 Illustrator based in Tokyo.
  http://www.yusukenagaoka.com/
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# by rojitohito | 2015-04-16 15:10 | 2015年終了イベント | Comments(0)
こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。
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話し手:川﨑智子(と整体)

日 時:4月26日(日)
    13時45分から2時間程度
参加料:1000円(お茶付き、おやつ持ち寄り歓迎)




見るものには見られる、という観察の法則があります。

整体において、観察とは愉気です。
見るものと見られるものの間に、気が通る状態が起こります。
国を見ればそこに気が通り、国に見られます。

気の視点を交えながら、国と人の関係について見て行きます。
ここだけの話です。

(路地と人/鶴崎いづみ)

※愉気とは、気を通すこと。



川﨑智子
1970年5月5日宮崎県生。不調をきっかけに出会った野口整体により体の全感覚が一致した自覚が生まれ、元気で丈夫に、自由になる。気を独学。2005年より整体活動開始。整体指導者として、「と整体」を主宰。



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# by rojitohito | 2015-03-20 15:21 | 2015年終了イベント | Comments(0)
こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。

春です。
路地と人、引越より音沙汰なしでまいりましたが、
この春、ようやく開室する運びとなりました。
新しい部屋での開室をお祝いして、ささやかな宴を開催します。
桜、お赤飯、抹茶、音楽、うた、踊りなど振る舞います。
また蚤の市も開きます。
出し物、食べ物、カンパ持ち寄り歓迎。
みなさま、どうぞお越しください。

「開室の宴」
2015年3月28日(土)
14時〜19時
入場無料

14時〜15時 お花見散歩
16時〜 宴始まり
17時〜 演奏、朗読などパフォーマンス第一部
18時〜 演奏、朗読、映像上映 などパフォーマンス第二部
19時 終宴

路地と人


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# by rojitohito | 2015-03-01 22:52 | 2015年終了イベント

引っ越しました

1月も半ばにさしかかり、年頭の賑わいも落ち着いてまいりました今日この頃、改めまして今年一年の皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

さて、昨年末の2014年12月30日、私共「路地と人」は、2010年1月からほぼ5年間、拠点としていた神田神保町の英光ビルより移転し、同じ千代田区の三崎町、木暮ビルにて活動することになりました。おかげさまをもちまして、30日の引越し当日は、晴天と12月末とは思えない温暖な気候に恵まれ、つつがなく完了いたしました。

これからしばらくは荷物の整理に追われるとは思いますが、新しい場所での「路地と人」を今後ともご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

新住所は
東京都千代田区三崎町2-15-9 木暮ビル2階になります。皆様のお越しをお待ちしております。

2015年1月
路地と人一同

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# by rojitohito | 2015-01-13 01:05 | Comments(0)

路地と人「引越し」

こちらの催しは終了しました。どうもありがとうございました。

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現:東京都千代田区神田神保町1丁目 英光ビル2階





新:東京都千代田区三崎町2丁目15-9 小暮ビル2階



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路地と人「引越し」
2014年12月30日 12時開始


〈予定〉
 ・昼食(現・路地と人にて/おにぎり)
 ・引越し
 ・夕食(新・路地と人にて/そば)


路地と人は、引越しをします。
どうぞ奮ってご参加ください。

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# by rojitohito | 2014-12-29 14:34 | 2014年終了イベント

言葉にしない

こちらの催しは終了しました。ありがとうございました。
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路地と人にずっとある

アルミ鍋を使って、

鍋をしましょう。

ただし、

言葉を口から出すのも、

頭の中に浮かべるのも、

してはいけません。

ご来場お待ちしています。





「言葉にしない」
日 時:12月29日
    18時ー21時(入退場自由)
入場料:500円
※好きな具材の持ち寄り歓迎





企画・路地と人/鶴崎いづみ
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# by rojitohito | 2014-12-26 22:28 | 2014年終了イベント | Comments(0)

JR水道橋駅のうら路地にある古い建物の2階で展示や催しを行う「路地と人」のサイトです


by rojitohito