カテゴリ:2017年終了イベント( 10 )

民族文化映像研究所のドキュメンタリー映画を上映します。
民族文化映像研究所は1970年代より、日本の庶民の生活と生活文化を記録しつづけてきました。
自然、生活、手仕事、風習など、そこに映し出されているのは、ついこの間まで日本列島にあった、自然とともに生きる暮らしの風景です。
この上映会をつうじて、日本の基層文化を見つめなおし、私たちの「これから」を考えてみたいと思います。

【上映作品】
「秩父の通過儀礼その1ー安産祈願から帯解きまで」
1979年/45分
埼玉県秩父郡長瀞町井戸/皆野町三沢・藤原・立沢/吉田町下吉田

「秩父の通過儀礼その2ー子どもザサラから水祝儀まで」
1980年/45分
埼玉県秩父郡皆野町三沢・半平・門平/小鹿野町河原沢/吉田町塚越

日時:2017年4月22日(土)18:30 open / 19:00 start
料金:1,500円*予約不要

埼玉県秩父地方における通過儀礼を5つの時期に分数し、それぞれ独立した5本の記録映画シリーズから、第1編「安産祈願から帯解きまで」と第2編「子どもザサラから水祝儀まで」の二本を上映。

①安産祈願から帯解きまで
人には一個の生命体としての、また社会的な存在としての成長段階がある。そに段階を無事に通過し、健やかな人間に成長してゆくように、多くの通過儀礼を生み出してきた。1979年から5年間、秩父の通過儀礼を5編に記録してきた。その1作目は安産祈願から7才の帯解き祝いまでの記録である。
②子どもザサラから水祝儀まで
秩父地方の7才から15才までの子どもたちの通過儀礼の記録である。秩父では「7才までは神の子」というが、7才の帯解き祝いを終えると村の子となり、行事の担い手に加わる。そして15才、水祝儀を受けて一人前の村の成員となる。その間に村の大切な行事を担い、子どもだけの集団生活を経験し、村の成員となる準備をする。




【次回以降の上映作品】
「うつわー食器の文化」(5月27日)
日本のうつわ。それを成り立たせた木、土、水。そして人々の知恵。ふだん何気なく使っている食器の源流と今日にいたる足どりを求めて、北海道から沖縄まで日本各地を訪ねた、映像による「食器文化」探訪記。
声(解説) 宮本常一

「竹富島の種子取祭」(6月24日)
沖縄県八重山諸島にある竹富島では、旧暦9月あるいは10月の〈つちのねえ〉の日を中心にした10日間、タナドゥイ・種子取祭が行われる。
【映画に収録している演目】
■庭の芸能:太鼓/マミドーマ(よく働く女)/ジツチュ(十人)/マザカイ(真栄え)/クイチャブドイ(声を合わせて豊年を祝う踊り)/腕棒/ウマンシャー(馬乗り)
■舞台の芸能:ハザマホンジャー(玻座間大長者)/カザヌキョンギン(鍛冶屋狂言)/ユーヒキキョンギン(世曳き狂言)/アブジキョンギン(老人狂言)/アマンチ(天人)/タケドンブシ(竹富節)/サングルロ(穀物の俵を数え転がす)



[PR]
by rojitohito | 2017-04-22 20:39 | 2017年終了イベント | Comments(0)

懐烟画譜

画論を読む茶話会に並行して、画譜に習う筆墨の集まりを始めます。

鉛筆と洋紙ノートの普及以前、日本では中国の漢字文化圏の下育まれた筆墨による筆記が専ら行われておりました。

当然絵画においても同じ道具が用いられたわけですが、さて、その時代の絵画学習は一体どのように行われていたのでしょう。

例えば、絵師の徒弟となった場合には、師匠の描いたお手本を模写することで、筆の使い方、モチーフの捕らえ方などの基礎を築き、その上で古きを守るに務めたり、さらに自らの特色を工夫し盛り込むなどしながら一人の画風を育む、といった大まかな学習過程があったようです。

また、さまざまな絵を見るために寺社や個人宅を訪ね、手控えに簡略にその構成を写し取ったり、場合によってはその絵を借り受けてこれを実寸大で模写をする。それは、今日のように印刷物や画像データで多様な絵画を手軽に見られる状況にはなかった時代に、彩色法や筆法などの技術、画面構成、各種画題と、さまざまな情報を獲得するための必要手段でもあったことが想像されます。

江戸時代、町人階層が豊かになるにつれ、出版も次第に盛んになってゆきます。
それまでは師弟関係を中心として得られるものであった上記の絵画に関する情報もまた、版に起こされるようになります。これに先行して、中国大陸では明末清初にかけて出版が盛んとなり、挿絵から展開して図像を集めた書籍、そして絵画に関する書籍の出版が行われました。これらは儒者らの手を介す等して日本へも輸入・紹介され、写本の作成はもとより、それら国内版の作成や、絵師による各種翻案版の作成にいたるなど、以後絵画へ出版物へと影響をもたらしました。

この会では、こうした画譜をもとに実際に写本を作成しながら、筆墨で行う絵画学習を追体験し、また、今日どこか断絶した感のあるその造詣意識にとゆるやかに触れる機会にしていければと考えております。この作業が、体験者それぞれの造詣意識や文化史上の問題意識にと結びついて、何がしか今日なりの可能性を再発見するための手掛かりになれば、と願ってもいるわけです。

この会では、まず自分の使うノートを半紙でつくるところから始めます。
そして写本を作成する為のテキストは先ず『芥子園画伝』から始めたいと思っております。『芥子園画伝』は、江戸時代中期以降の日本の漢画に新たなシーンを築き、その学習の支えとなったといっても過言ではない、理論書と図録を兼ねたテクストと云えましょう。

月一回、それぞれのペースで、筆墨に親しむ機会にとしていければと考えておりますので、小学校・中学校以来という方も、書道のお道具をお持ちいただき、お気軽にご参加いただければと思っております。なお、ご参加の方は各自墨(固形の物)と筆をお持ち下されたく存じます。
一人一巻の写本『芥子園画伝』が揃う日を楽しみに。
(中西レモン)


懐烟画譜によせて
 少し前まで、街中で歩いていても書き慣れた毛筆の注意書きなどを見かけることがあったが最近ではめっきり見ることがなくなった。恐らくは二十年ほどのことかと思うが、これに気づいたのは大阪千日前の書店で行草の商品紹介を掲示をしているのを見たときである。
主人の趣味もあるのだろうけれども、確かにこの様な掲示は見たことがあったから、かかる書店の掲示は習慣を変えないままきてしまったのだろうと思われた。
行体は読めるにせよ、現在草体はどれくらいの人が読める、いや文字として目にとめるだろうかと同時に感じたのを覚えている。だいたい手書きの掲示物すら一部の寺院で見るくらいしかもう見かけなくなった世間ではある。その中で手書きを模した書体もあり、手書きそのものも数ある趣味の一部と漠然と分類されるという感もある。

文化とは不断に更新されるがその足音は静かなようである。私はさまざまの変化に無頓着であるが、あるときある拍子に、私たちが過去に親しんだ、ある習慣が思い出されることがある。その時間的な飛躍は優に一世代を超えて、我々がしたこともない髷を頭に乗せていた頃が立ち現われることもあるのである。

たとえば何かしらかの色のある粉をつなぎを入れて練った物をまた溶いて、それを毛を束ね、それに持ち手として棒をつけたものを使い筆記する事は、絵を描いた経験ある者にとってみれば日常茶飯である。
この行為の単純は今回対象としている墨を使った画が描かれたところと全く変わりがないのである。
ひとたび各々比較すれば、自ずと似ているところを見、また如何してか似ていないところも認めることになるだろう。

たまさか我々の遊ぶ文化の持つ起伏の上を、親しみと新鮮さを以って散策してみることとしよう。
(高村健志)


・・・・・



懐烟画譜

ゆるやかに画譜を模写しながら筆墨に親しもうという集まりです。

3月27日(月)※月1回の開催予定
時間 19時〜
場所 路地と人
参加費1000円
初回の方も歓迎。半紙を用いて今後使うノート作りから始めます。要予約(rojitohito@gmail.com)初回の方は素材・資料代で1500円


*内容は、『芥子園画伝』を筆頭に順次画譜の写本作業を、それぞれのペースで進めます。
ご希望の画譜がある場合にはご相談ください。

参加希望の方・・・小中学校時代にお使いの書道セットをお持ちの方は書道セットをご持参下さい。
また、書道セットをお持ちでない方は、ご自身の筆(小筆で大丈夫です)と墨(固形の物)をお持ちください。
会を継続される方でご希望の方には、道具購入の相談に応じます。懇切丁寧にあてずっぽうの情報をお伝えいたします。


・・・・・


高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。
[PR]
by rojitohito | 2017-03-27 19:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)

懐烟画譜の茶話

今回より下北沢・気流舎から移動して路地と人にて開催。

新たにスタートする懐烟茶話では、画史・画伝といった中国絵画等に関する文章を音読し、その後画譜の模写をする形で、画と画にまつわる言葉に親しむことを目指します。

テキストは引き続き古原宏伸編『画論』の中より一・二編づつ読み進める予定です。
音読の後は懐烟画譜同様、『芥子園画伝』の筆写作業を進めます。
また、年に数回の印刻実習も予定しております。

ご興味をお持ちのかたはよろしくご参加ください。


・・・・・



懐烟画譜の茶話


高村健志 中西レモン

日時:3月27日(月)16:00~18:00
場所:路地と人
参加費:1000円(資料込)
*ノート作成の場合は材料費別途500円がかかります。
*参加者は筆・墨・硯をお持ちください。


・・・・・


高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。
[PR]
by rojitohito | 2017-03-27 16:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)
民族文化映像研究所のドキュメンタリー映画を上映します。
民族文化映像研究所は1970年代より、日本の庶民の生活と生活文化を記録しつづけてきました。
自然、生活、手仕事、風習など、そこに映し出されているのは、ついこの間まで日本列島にあった、自然とともに生きる暮らしの風景です。
この上映会をつうじて、日本の基層文化を見つめなおし、私たちの「これから」を考えてみたいと思います。

【上映作品】
「チセアカラーわれらいえをつくる」
1974年/57分/自主制作/北海道苫小牧市/1974年教育映画祭優秀賞/1974年東京都教育映画コンクール銀賞/1974年キネマ旬報文化映画ベストテン5位 

日時:2017年3月25日(土)18:30 open / 19:00 start
入場料:1,000円*予約不要

1972年の春、萱野茂さんら二風谷(にぶたに)の人々によって行われた伝統的な家づくりの記録。祈りに始まり、祈りに終わるアイヌの知恵と技術、信仰と儀式による家づくりの始源のドキュメント。 


***

【次回以降の上映作品】

「秩父の通過儀礼」(4月22日)
①安産祈願から帯解きまで
人には一個の生命体としての、また社会的な存在としての成長段階がある。そに段階を無事に通過し、健やかな人間に成長してゆくように、多くの通過儀礼を生み出してきた。1979年から5年間、秩父の通過儀礼を5編に記録してきた。その1作目は安産祈願から7才の帯解き祝いまでの記録である。
②子どもザサラから水祝儀まで
秩父地方の7才から15才までの子どもたちの通過儀礼の記録である。秩父では「7才までは神の子」というが、7才の帯解き祝いを終えると村の子となり、行事の担い手に加わる。そして15才、水祝儀を受けて一人前の村の成員となる。その間に村の大切な行事を担い、子どもだけの集団生活を経験し、村の成員となる準備をする。

「うつわー食器の文化」(5月27日)
日本のうつわ。それを成り立たせた木、土、水。そして人々の知恵。ふだん何気なく使っている食器の源流と今日にいたる足どりを求めて、北海道から沖縄まで日本各地を訪ねた、映像による「食器文化」探訪記。
声(解説) 宮本常一

「竹富島の種子取祭」(6月24日)
沖縄県八重山諸島にある竹富島では、旧暦9月あるいは10月の〈つちのねえ〉の日を中心にした10日間、タナドゥイ・種子取祭が行われる。
【映画に収録している演目】
■庭の芸能:太鼓/マミドーマ(よく働く女)/ジツチュ(十人)/マザカイ(真栄え)/クイチャブドイ(声を合わせて豊年を祝う踊り)/腕棒/ウマンシャー(馬乗り)
■舞台の芸能:ハザマホンジャー(玻座間大長者)/カザヌキョンギン(鍛冶屋狂言)/ユーヒキキョンギン(世曳き狂言)/アブジキョンギン(老人狂言)/アマンチ(天人)/タケドンブシ(竹富節)/サングルロ(穀物の俵を数え転がす)

                                 


[PR]
by rojitohito | 2017-03-25 23:54 | 2017年終了イベント | Comments(0)

懐烟画譜

画論を読む茶話会に並行して、画譜に習う筆墨の集まりを始めます。

鉛筆と洋紙ノートの普及以前、日本では中国の漢字文化圏の下育まれた筆墨による筆記が専ら行われておりました。

当然絵画においても同じ道具が用いられたわけですが、さて、その時代の絵画学習は一体どのように行われていたのでしょう。

例えば、絵師の徒弟となった場合には、師匠の描いたお手本を模写することで、筆の使い方、モチーフの捕らえ方などの基礎を築き、その上で古きを守るに務めたり、さらに自らの特色を工夫し盛り込むなどしながら一人の画風を育む、といった大まかな学習過程があったようです。

また、さまざまな絵を見るために寺社や個人宅を訪ね、手控えに簡略にその構成を写し取ったり、場合によってはその絵を借り受けてこれを実寸大で模写をする。それは、今日のように印刷物や画像データで多様な絵画を手軽に見られる状況にはなかった時代に、彩色法や筆法などの技術、画面構成、各種画題と、さまざまな情報を獲得するための必要手段でもあったことが想像されます。

江戸時代、町人階層が豊かになるにつれ、出版も次第に盛んになってゆきます。
それまでは師弟関係を中心として得られるものであった上記の絵画に関する情報もまた、版に起こされるようになります。これに先行して、中国大陸では明末清初にかけて出版が盛んとなり、挿絵から展開して図像を集めた書籍、そして絵画に関する書籍の出版が行われました。これらは儒者らの手を介す等して日本へも輸入・紹介され、写本の作成はもとより、それら国内版の作成や、絵師による各種翻案版の作成にいたるなど、以後絵画へ出版物へと影響をもたらしました。

この会では、こうした画譜をもとに実際に写本を作成しながら、筆墨で行う絵画学習を追体験し、また、今日どこか断絶した感のあるその造詣意識にとゆるやかに触れる機会にしていければと考えております。この作業が、体験者それぞれの造詣意識や文化史上の問題意識にと結びついて、何がしか今日なりの可能性を再発見するための手掛かりになれば、と願ってもいるわけです。

この会では、まず自分の使うノートを半紙でつくるところから始めます。
そして写本を作成する為のテキストは先ず『芥子園画伝』から始めたいと思っております。『芥子園画伝』は、江戸時代中期以降の日本の漢画に新たなシーンを築き、その学習の支えとなったといっても過言ではない、理論書と図録を兼ねたテクストと云えましょう。

月一回、それぞれのペースで、筆墨に親しむ機会にとしていければと考えておりますので、小学校・中学校以来という方も、書道のお道具をお持ちいただき、お気軽にご参加いただければと思っております。なお、ご参加の方は各自墨(固形の物)と筆をお持ち下されたく存じます。
一人一巻の写本『芥子園画伝』が揃う日を楽しみに。
(中西レモン)


懐烟画譜によせて
 少し前まで、街中で歩いていても書き慣れた毛筆の注意書きなどを見かけることがあったが最近ではめっきり見ることがなくなった。恐らくは二十年ほどのことかと思うが、これに気づいたのは大阪千日前の書店で行草の商品紹介を掲示をしているのを見たときである。
主人の趣味もあるのだろうけれども、確かにこの様な掲示は見たことがあったから、かかる書店の掲示は習慣を変えないままきてしまったのだろうと思われた。
行体は読めるにせよ、現在草体はどれくらいの人が読める、いや文字として目にとめるだろうかと同時に感じたのを覚えている。だいたい手書きの掲示物すら一部の寺院で見るくらいしかもう見かけなくなった世間ではある。その中で手書きを模した書体もあり、手書きそのものも数ある趣味の一部と漠然と分類されるという感もある。

文化とは不断に更新されるがその足音は静かなようである。私はさまざまの変化に無頓着であるが、あるときある拍子に、私たちが過去に親しんだ、ある習慣が思い出されることがある。その時間的な飛躍は優に一世代を超えて、我々がしたこともない髷を頭に乗せていた頃が立ち現われることもあるのである。

たとえば何かしらかの色のある粉をつなぎを入れて練った物をまた溶いて、それを毛を束ね、それに持ち手として棒をつけたものを使い筆記する事は、絵を描いた経験ある者にとってみれば日常茶飯である。
この行為の単純は今回対象としている墨を使った画が描かれたところと全く変わりがないのである。
ひとたび各々比較すれば、自ずと似ているところを見、また如何してか似ていないところも認めることになるだろう。

たまさか我々の遊ぶ文化の持つ起伏の上を、親しみと新鮮さを以って散策してみることとしよう。
(高村健志)


・・・・・



懐烟画譜

ゆるやかに画譜を模写しながら筆墨に親しもうという集まりです。

2月27日(月)※月1回の開催予定
時間 19時〜
場所 路地と人
参加費1000円
初回の方も歓迎。半紙を用いて今後使うノート作りから始めます。要予約(rojitohito@gmail.com)初回の方は素材・資料代で1500円


*内容は、『芥子園画伝』を筆頭に順次画譜の写本作業を、それぞれのペースで進めます。
ご希望の画譜がある場合にはご相談ください。

参加希望の方・・・小中学校時代にお使いの書道セットをお持ちの方は書道セットをご持参下さい。
また、書道セットをお持ちでない方は、ご自身の筆(小筆で大丈夫です)と墨(固形の物)をお持ちください。
会を継続される方でご希望の方には、道具購入の相談に応じます。懇切丁寧にあてずっぽうの情報をお伝えいたします。


・・・・・


高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。
[PR]
by rojitohito | 2017-02-27 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)
民族文化映像研究所のドキュメンタリー映画を上映します。
民族文化映像研究所は1970年代より、日本の庶民の生活と生活文化を記録しつづけてきました。
自然、生活、手仕事、風習など、そこに映し出されているのは、ついこの間まで日本列島にあった、自然とともに生きる暮らしの風景です。
この上映会をつうじて、日本の基層文化を見つめなおし、私たちの「これから」を考えてみたいと思います。

【上映作品】
「山に生きるまつり」|1970年|38分|宮崎県西都市銀鏡(しろみ)

日時:2017年2月25日(土)18:00 open / 19:00 start
入場料:1,000円
*予約不要
*上映終了後にシェアトークを行います(参加自由)

(解説)  

 宮崎県の山村、銀鏡(しろみ)の銀鏡神社では、厳粛に霜月(旧暦11月)のまつりが行われる。そこで行われる33番の神楽は古風な山の文化を伝えており、1977年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。

   銀鏡のある米良(めら)山地地帯は、焼畑・狩猟を生活の基本としてきた。近年は12月12日から16日にかけて行われている、この霜月まつりにも、狩猟文化が色濃く反映している。まつりに先立って狩ったイノシシの首を神楽の場に安置し、その前で夜を徹して神楽を行うのである。

 12月14日の朝、神社境内に設けられた神楽の場(神屋・こうや)に「おしめ」が立てられる。おしめは神の依代である。 その下には、荒御霊(あらみたま)であるイノシシ、和御霊(にぎみたま)である米、餅などが安置される。そして、各集落からお面様(神面・しんめん)を捧げた行列が集まる。お面様がそろわないと、まつりは始まらない。

 夜に入ると神楽が始まり、翌日午前10時頃まで行われる。舞うのは祝人(ほうり)。草分けの家を中心にした旧家の人々で、世襲である。村の男女が歌を掛け合う神楽囃子は、古代の歌垣を思わせる。

 神楽は三つの大きい構成要素をもっている。一つは神々の降臨を願う神楽。面をつけないで舞われる。二つ目は真夜中から夜明けにかけて行われる、神々の降臨の神楽。神楽をつけた神楽である。三つ目は、夜明け以降に行われるもの。ずり面とよばれるリアルな面をつけ、ユーモラスな所作で生命の誕生や作物の豊穣をあらわす。なかでも30番目のシシトギリの神楽は、古風な狩人の装束をつけた二神が、シシ狩の所作をする。「とぎる」とは足跡を追うという意味である。

 このまつり最後の日、16日朝、銀鏡川の岩場を祭場としてシシバまつりが行われる。イノシシの左耳の肉片7切れを 串にさした七切れ肴を神に供え、その年に獲れた獣の霊を慰めるとともに、これから始まる狩りの豊饒を願うのである。

(民族文化映像研究所 Facebookより)

***

【次回以降の上映作品】

「チセ・アカラーわれら家をつくる」(3月25日)
1972年の春、萱野茂さんら二風谷(にぶたに)の人々によって行われた伝統的な家づくりの記録。祈りに始まり、祈りに終わるアイヌの知恵と技術、信仰と儀式による家づくりの始源のドキュメント。

「秩父の通過儀礼」(4月22日)
①安産祈願から帯解きまで
人には一個の生命体としての、また社会的な存在としての成長段階がある。そに段階を無事に通過し、健やかな人間に成長してゆくように、多くの通過儀礼を生み出してきた。1979年から5年間、秩父の通過儀礼を5編に記録してきた。その1作目は安産祈願から7才の帯解き祝いまでの記録である。
②子どもザサラから水祝儀まで
秩父地方の7才から15才までの子どもたちの通過儀礼の記録である。秩父では「7才までは神の子」というが、7才の帯解き祝いを終えると村の子となり、行事の担い手に加わる。そして15才、水祝儀を受けて一人前の村の成員となる。その間に村の大切な行事を担い、子どもだけの集団生活を経験し、村の成員となる準備をする。

「うつわー食器の文化」(5月27日)
日本のうつわ。それを成り立たせた木、土、水。そして人々の知恵。ふだん何気なく使っている食器の源流と今日にいたる足どりを求めて、北海道から沖縄まで日本各地を訪ねた、映像による「食器文化」探訪記。
声(解説) 宮本常一

「竹富島の種子取祭」(6月24日)
沖縄県八重山諸島にある竹富島では、旧暦9月あるいは10月の〈つちのねえ〉の日を中心にした10日間、タナドゥイ・種子取祭が行われる。
【映画に収録している演目】
■庭の芸能:太鼓/マミドーマ(よく働く女)/ジツチュ(十人)/マザカイ(真栄え)/クイチャブドイ(声を合わせて豊年を祝う踊り)/腕棒/ウマンシャー(馬乗り)
■舞台の芸能:ハザマホンジャー(玻座間大長者)/カザヌキョンギン(鍛冶屋狂言)/ユーヒキキョンギン(世曳き狂言)/アブジキョンギン(老人狂言)/アマンチ(天人)/タケドンブシ(竹富節)/サングルロ(穀物の俵を数え転がす)





[PR]
by rojitohito | 2017-02-25 16:06 | 2017年終了イベント | Comments(0)

Calladita te vez más Bonita

◆Danza Performatica(Compañia Baron)
a0156417_17192431.jpeg



Calladita te vez más Bonita
黙っていたらカワイイのに!

Dilery Sanchez
Nami Gonda

2月4日(土)午後7時30分オープン/20時00分スタート
入場無料/投げ銭制

a0156417_17190959.jpg

a0156417_17325330.jpg

a0156417_17333465.jpg


◆Calladita te vez mas bonita◆

Artist name
Nami Gonda / Dilery Sanchez

Semblance of the piece
Calladita te vez mas bonita

In this new age, there are a lot of stereotypes, sometimes we lose who we are.
And in this piece, we express our honesty, who we are.
How perceive ourselves.
We expose how we feel and think about politics, society, religion, authority and hope.
Even we live in different countries, we feel the same kind of feelings about these issues.
When we met first, we talked about these issues, we found the similarities and felt empathy that the way of humane way to lives in the big cities.
We are saying only a opinion, and our feeling about our context.
The way the people think that the stereotypes of girls have to be.
How expose a woman to be looked.
How people accept and assume how women have to be.
We expose the other aspects of women / human, which society hides.
We think our society, saturate of how you have to be.
The society force people how they live.
Actually we have a lot of choices to be ourselves, but the society forced people not to choice these ways.
It’s hard to find our freedom, find ourselves.
All the time, thare are conflicts between me and information that we see the stereotype that we have to be.

◆photo by GADIWO



[PR]
by rojitohito | 2017-02-04 17:16 | 2017年終了イベント | Comments(0)

MasalaUnderground

MasalaUnderground

ターメリック色の謀反
1/29 Sun. 12:00-17:00

a0156417_15235472.jpg
◆参加費 ¥800

スリランカスタイル・チキンカレーと大根カレーのプレート
キャベツのココナッツ炒め
スリランカ紅茶付き
※150円+でアルコールにもかえられます



◆Live show 15:00-17:20
 happy male

 投げ銭

a0156417_15204591.jpg
a0156417_15204736.jpg


a0156417_16280019.jpg
<放浪する、食:MasalaUnderground 編>
大陸のこちら、海のむこう、あらゆる場所に、あらゆる食が。
「放浪する、食」workshop vol.1、1月29日に

巷を放浪する MasalaUnderground が路地と人にやってきます。
今回はカレー界をひそやかに席巻するスリランカ・スタイル・カレー。
20名分をご用意しますので、ぜひいらしてご試食ください。
紅茶はスリランカ紅茶(セイロン・ティー)を標高別産地3種、ご用意します。
試飲して、おすきなものを飲むことができます。
低地産:ルフナ茶(ニューデニヤヤ茶園)、スパイシーで濃厚。
中高地産:ウダプッセラワ(リッデスデイル茶園):爽やかな香りと心地よい渋み。
※これまでウヴァとして出荷されていた茶が近年独立した新しい産地
高地産:ヌワラエリヤ茶(コートロッジ茶園):キレのあるすっきりとした味。

夕方15時からは、巷の new face、 happy male のライブもあります。

◆MasalaUnderground
https://twitter.com/MasalaUG


◆happy male

a0156417_22030597.jpg



[PR]
by rojitohito | 2017-01-29 00:33 | 2017年終了イベント | Comments(0)

民族文化映像研究所の記録映画の上映会をはじめます。

民族文化映像研究所は1976年以来、日本の庶民の生活と文化を記録しつづけてきました。自然、生活、手しごと、風習など、そこに映し出されているのは、ついこの間まであった、自然とともに生きる日本人の暮らしの風景です。

この上映会をつうじて、日本の基層文化を見つめなおし、私たちの「これから」を考えてみたいと思います。


日時:2017年1月28日(土)18:30 open / 19:00 start

料金:1.000円

*予約不要


【上映作品】

奥会津の木地師|1976年55分|自主制作

福島県南会津郡田島町針生
文部省特選/日本映画ペンクラブ推薦/1976年キネマ旬報文化映画ベストテン3位

a0156417_22422717.jpg

©民族文化映像研究所


民族文化映像研究所の代表作のひとつ。

日本列島には、近年まで移動性の生活をする人々が活躍していました。山から山へ移動して椀などの木地物をつくる木地師も、そのなかにありました。昭和初期まで福島県南部の山間地で盛んに移動性の活動をしていた木地師の家族、小椋藤八さん、星平四郎さん、星千代世さん、湯田文子さんによる、当時の生活と技術の再現記録。

*上映終了後にシェア・トークを行います(参加自由)


作品詳細https://www.facebook.com/1589550734592252/videos/1659641190916539/?pnref=story


***


【次回以降の上映作品】

「山に生きるまつり」(2月)
宮城県の銀鏡(しろみ)神社では12月12日から16日にかけて霜月のまつりが行われ、狩りで狩られたイノシシの首を前に33番の神楽が舞われる。神楽は三つの構成をもつ。一つは神々の降臨を願う神楽。面をつけないで舞われる。二つ目は真夜中から夜明けにかけて行われる、面をつけた、神々の降臨の神楽。三つ目は、夜明け以降に行われるもの。ずり面とよばれるリアルな面をつけ、ユーモラスな所作で生命の誕生や作物の豊穣をあらわす。

「チセ・アカラーわれら家をつくる」(3月)
1972年の春、萱野茂さんら二風谷(にぶたに)の人々によって行われた伝統的な家づくりの記録。祈りに始まり、祈りに終わるアイヌの知恵と技術、信仰と儀式による家づくりの始源のドキュメント。

「秩父の通過儀礼」(4月)
①安産祈願から帯解きまで
人には一個の生命体としての、また社会的な存在としての成長段階がある。そに段階を無事に通過し、健やかな人間に成長してゆくように、多くの通過儀礼を生み出してきた。1979年から5年間、秩父の通過儀礼を5編に記録してきた。その1作目は安産祈願から7才の帯解き祝いまでの記録である。
②子どもザサラから水祝儀まで
秩父地方の7才から15才までの子どもたちの通過儀礼の記録である。秩父では「7才までは神の子」というが、7才の帯解き祝いを終えると村の子となり、行事の担い手に加わる。そして15才、水祝儀を受けて一人前の村の成員となる。その間に村の大切な行事を担い、子どもだけの集団生活を経験し、村の成員となる準備をする。

「うつわー食器の文化」(5月)
日本のうつわ。それを成り立たせた木、土、水。そして人々の知恵。ふだん何気なく使っている食器の源流と今日にいたる足どりを求めて、北海道から沖縄まで日本各地を訪ねた、映像による「食器文化」探訪記。
声(解説) 宮本常一

「竹富島の種子取祭」(6月)
沖縄県八重山諸島にある竹富島では、旧暦9月あるいは10月の〈つちのねえ〉の日を中心にした10日間、タナドゥイ・種子取祭が行われる。
【映画に収録している演目】
■庭の芸能:太鼓/マミドーマ(よく働く女)/ジツチュ(十人)/マザカイ(真栄え)/クイチャブドイ(声を合わせて豊年を祝う踊り)/腕棒/ウマンシャー(馬乗り)
■舞台の芸能:ハザマホンジャー(玻座間大長者)/カザヌキョンギン(鍛冶屋狂言)/ユーヒキキョンギン(世曳き狂言)/アブジキョンギン(老人狂言)/アマンチ(天人)/タケドンブシ(竹富節)/サングルロ(穀物の俵を数え転がす)



[PR]
by rojitohito | 2017-01-28 21:27 | 2017年終了イベント | Comments(0)

懐烟画譜

画論を読む茶話会に並行して、画譜に習う筆墨の集まりを始めます。

鉛筆と洋紙ノートの普及以前、日本では中国の漢字文化圏の下育まれた筆墨による筆記が専ら行われておりました。

当然絵画においても同じ道具が用いられたわけですが、さて、その時代の絵画学習は一体どのように行われていたのでしょう。

例えば、絵師の徒弟となった場合には、師匠の描いたお手本を模写することで、筆の使い方、モチーフの捕らえ方などの基礎を築き、その上で古きを守るに務めたり、さらに自らの特色を工夫し盛り込むなどしながら一人の画風を育む、といった大まかな学習過程があったようです。

また、さまざまな絵を見るために寺社や個人宅を訪ね、手控えに簡略にその構成を写し取ったり、場合によってはその絵を借り受けてこれを実寸大で模写をする。それは、今日のように印刷物や画像データで多様な絵画を手軽に見られる状況にはなかった時代に、彩色法や筆法などの技術、画面構成、各種画題と、さまざまな情報を獲得するための必要手段でもあったことが想像されます。

江戸時代、町人階層が豊かになるにつれ、出版も次第に盛んになってゆきます。
それまでは師弟関係を中心として得られるものであった上記の絵画に関する情報もまた、版に起こされるようになります。これに先行して、中国大陸では明末清初にかけて出版が盛んとなり、挿絵から展開して図像を集めた書籍、そして絵画に関する書籍の出版が行われました。これらは儒者らの手を介す等して日本へも輸入・紹介され、写本の作成はもとより、それら国内版の作成や、絵師による各種翻案版の作成にいたるなど、以後絵画へ出版物へと影響をもたらしました。

この会では、こうした画譜をもとに実際に写本を作成しながら、筆墨で行う絵画学習を追体験し、また、今日どこか断絶した感のあるその造詣意識にとゆるやかに触れる機会にしていければと考えております。この作業が、体験者それぞれの造詣意識や文化史上の問題意識にと結びついて、何がしか今日なりの可能性を再発見するための手掛かりになれば、と願ってもいるわけです。

この会では、まず自分の使うノートを半紙でつくるところから始めます。
そして写本を作成する為のテキストは先ず『芥子園画伝』から始めたいと思っております。『芥子園画伝』は、江戸時代中期以降の日本の漢画に新たなシーンを築き、その学習の支えとなったといっても過言ではない、理論書と図録を兼ねたテクストと云えましょう。

月一回、それぞれのペースで、筆墨に親しむ機会にとしていければと考えておりますので、小学校・中学校以来という方も、書道のお道具をお持ちいただき、お気軽にご参加いただければと思っております。なお、ご参加の方は各自墨(固形の物)と筆をお持ち下されたく存じます。
一人一巻の写本『芥子園画伝』が揃う日を楽しみに。
(中西レモン)


懐烟画譜によせて
 少し前まで、街中で歩いていても書き慣れた毛筆の注意書きなどを見かけることがあったが最近ではめっきり見ることがなくなった。恐らくは二十年ほどのことかと思うが、これに気づいたのは大阪千日前の書店で行草の商品紹介を掲示をしているのを見たときである。
主人の趣味もあるのだろうけれども、確かにこの様な掲示は見たことがあったから、かかる書店の掲示は習慣を変えないままきてしまったのだろうと思われた。
行体は読めるにせよ、現在草体はどれくらいの人が読める、いや文字として目にとめるだろうかと同時に感じたのを覚えている。だいたい手書きの掲示物すら一部の寺院で見るくらいしかもう見かけなくなった世間ではある。その中で手書きを模した書体もあり、手書きそのものも数ある趣味の一部と漠然と分類されるという感もある。

文化とは不断に更新されるがその足音は静かなようである。私はさまざまの変化に無頓着であるが、あるときある拍子に、私たちが過去に親しんだ、ある習慣が思い出されることがある。その時間的な飛躍は優に一世代を超えて、我々がしたこともない髷を頭に乗せていた頃が立ち現われることもあるのである。

たとえば何かしらかの色のある粉をつなぎを入れて練った物をまた溶いて、それを毛を束ね、それに持ち手として棒をつけたものを使い筆記する事は、絵を描いた経験ある者にとってみれば日常茶飯である。
この行為の単純は今回対象としている墨を使った画が描かれたところと全く変わりがないのである。
ひとたび各々比較すれば、自ずと似ているところを見、また如何してか似ていないところも認めることになるだろう。

たまさか我々の遊ぶ文化の持つ起伏の上を、親しみと新鮮さを以って散策してみることとしよう。
(高村健志)


・・・・・



懐烟画譜

ゆるやかに画譜を模写しながら筆墨に親しもうという集まりです。

1月23日(月)※月1回の開催予定
時間 19時〜
場所 路地と人
参加費1000円
初回の方も歓迎。半紙を用いて今後使うノート作りから始めます。要予約(rojitohito@gmail.com)初回の方は素材・資料代で1500円


*内容は、『芥子園画伝』を筆頭に順次画譜の写本作業を、それぞれのペースで進めます。
ご希望の画譜がある場合にはご相談ください。

参加希望の方・・・小中学校時代にお使いの書道セットをお持ちの方は書道セットをご持参下さい。
また、書道セットをお持ちでない方は、ご自身の筆(小筆で大丈夫です)と墨(固形の物)をお持ちください。
会を継続される方でご希望の方には、道具購入の相談に応じます。懇切丁寧にあてずっぽうの情報をお伝えいたします。


・・・・・


高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。
[PR]
by rojitohito | 2017-01-23 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)

JR水道橋駅のうら路地にある古い建物の2階で展示や催しを行う「路地と人」のサイトです


by rojitohito