「歩く人」吉川陽一郎

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「歩く人」
吉川陽一郎


2017年12月2日(土)―17日(日)
13時―20時
火曜日休み(5日、12日)

※会期中イベントあり。詳細は以下。



*
今から104年前、1913年(大正2年)の10月16日から22日まで、この『路地と人』のすぐ近く、東京神田三崎町2番地にある画廊『ヴィナス倶楽部』で『生活社主催第一回油絵展覧会』が開催されました。出品作家は、岸田劉生(22歳)、高村光太郎(30歳)、木村荘八(20歳)、岡本帰一(30歳)の同人4人。当時、多くの人は、画廊のなんたるかもよく知らず、芸術のなんたるかもよくわからず、きっと訪れる人も多くはなかったでしょう。高村光太郎はその3年まえの明治43年、日本で最初の画廊『琅玕堂 ろうかんどう』を、これも近くの神田淡路町1丁目1番地に作り、経営不振でたった1年でやめています。百年後のそんな場所に、画廊でもなく、お店でもなく、何ものとも名づけらないようなスペース『路地と人』はあるのです。百年前の出来たての画廊と同じように、相変わらず多くの人は、その何たるかを知らず、訪れる人もちらほらです。でも私は感じます。私の芸術はここにあると。なぜならば、私のつくるものは、どこでもない場所にあるこそふさわしく、誰かが名づけなければ見えてこないようなものだから。そして、そこからきっと誰かが必要とするものが、生まれるにちがいないと確信しています。

今回の展示は、1年半まえの、前回の展示『裏無いの小部屋』の déjà-vu を見ることになるでしょう。

我が家のトイレを再現し、そこで彫刻を鑑賞する仕掛けとなっています。
ぜひ、お一人づつ、中に入って、ゆっくりと『歩く人』を鑑賞してください。



**
会期中イベント

【極私的表現史夜話】
会期中毎晩19時より、吉川陽一郎さんによる極私的表現史夜話が開催されます。
1850年より10年ごと、全14回。参加料無料です。
12/2 第1夜 1850-59「赤瀬川原平さんの言葉とクールベから時代は変わる」
12/3 第2夜 1860-69「印象派の人々は貧困に苦しみ、日本は明治維新」
12/4 第3夜 1870-79「画商デュラン・リュエルと印象派、日本には美術学校できて、なくなる」
12/6 第4夜 1880-89「ゴッホが苦しみ、天心とフェノロサが日本美術を・・藝大できる」
12/7 第5夜 1890-99「印象派と黒田清輝」
12/8 第6夜 1900-09「アフリカ美術と水彩」
12/9 第7夜 1910-19「ダダとアメリカの出現と自由民権」
12/10 第8夜 1920-29「シュルレアリズムと社会主義と前衛」
12/11 第9夜 1930-39「MoMAと軍国主義」
12/13 第10夜 1940-49「戦争と芸術と」
12/14 第11夜 1950-59「芸術の拡張か解体か 前衛の行方」
12/15 第12夜 1960-69「芸術は誰のために」
12/16 第13夜 1970-79「芸術の敗北」
12/17 第14夜 2017-  「私の思う芸術」


***
吉川陽一郎
1955年 鹿児島県曽於郡生まれ、宮崎県都城市、神奈川県横浜で育つ。
1980年 多摩美術大学彫刻科卒
1996~2002年 Bゼミスクーリングシステム講師
2001~2007年 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科非常勤講師
2007年~ 多摩美術大学彫刻学科非常勤講師

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引込線2017より)


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# by rojitohito | 2017-12-02 14:43 | これからの予定 | Comments(0)
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RADKO FM – 移住と逃亡 12月20日~27日

RADKO FMは資本主義の下で不安定な状況に置かれている人々、例えば移住労働者、技能実習生、フリーター、引きこもりの状態である方、クィアの方など、さまざまな異なるアイデンティティや体験を持つ個人やグループとの間にリンクをつくる、共生の空間を作り出す、一時的なラジオ放送です。
不安定な存在であるプレカリアートの状態はラジオという目に見えない、低出力の電波としてのメディア自体にも比喩的に投影されています。
共通点としてプレカリアートであることをさらに共有することも、日々の騒がしい生活への政治的、美的なアプローチ(取り組み)につながるかもしれません。
この一時的で、多形性をもつラジオ放送は一週間のラボラトリーとして共存と対話の可能性を引き出す
ラジオイベント–パネルディスカッション、音楽、創造的な実験、物語、リサーチ、ワークショップやパーティーなど—を開催します。
分散された点として存在しているプレカリアートの複雑な主体を、ありのままで星図のようにつなげて、お互いを認めあうきっかけになればよいと思っています。

この共同制作として作られたパブリックなラジオ番組はプレカリアートで、未熟練の移住労働者、キュレーター、リサーチャー、学生であるジョン・パイレズによって提案・企画されました。
Radio Kosatenは複数のメンバーとさまざまな協力者によって成り立っています。
http://kosaten.org/radko/

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◆PROGRAM◆

SOUND PERFORMANCE 1221 7pm-9pm

Sorrowful Voices in the Debris of Radio Waves
Kenichi Takeda , Taku Unami |竹田 賢一 , 宇波 拓

Sorrowful Voices in the Debris of Radio Waves is a mixture of live DJ and (non-)music performance : mystical ritual fornothing, dark ambient for negation, abandoned melodies sung by soulless voice,etc.
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Kenichi Takeda | 竹田 賢一
Born 1948 in Tokyo, as a half-Japanese half-void. In teens, lerned the composition from private tutor, but almost self-taught musician. Studied the philosophy at the Tokyo Metropolitan University. Started a multi-media performance group with Ryuichi Sakamoto in 1974. Developed new playing methods for the Taisho-koto, a Japanese pseudo traditional instrument. From 1975 to 1982, organized trans-category improvisation groups: , . Started anti-pop music group in 1981. In 1989, participated in "Workshop Freie Musik" Festival in Berlin. In 1992, a solo concert in Berlin as a part of the Megalopolis Aborigines festival. From mid-80s, worked with many dancers. In 1993, started collaborations with theatre groups as DA.M, and Senga Yuko Kikaku.

1948年、東京生まれ、片肺日本人。電気大正琴弾き。1975~76年に坂本龍一と結成した<学習団>以来、<ヴァイブレーション・ソサエティー>、<ヴェッダ・ミュージック・ワークショップ>、<A-Musik>などで、即興音楽、反ポップミュージックを演奏。徳田ガン、岩名雅紀らの舞踏家たち、荒井真一らの美術家たち、劇団DA・M、千賀ゆう子らの演劇人とも多くの協働作業を積み重ねてきている。著書に『地表に蠢く音楽ども』(月曜社)
-

Taku Unami | 宇波 拓 
Performer of multi-instrumental, improvised, or unclassifiable (non-)music. Bandleader and guitarist of depressive easy-listening group HOSE (discontinued). Composer of film scores for directors including Isao Okishima and Takeshi Furusawa. Founder of hibari music, an experimental music record label and distributor. Work influenced by cosmic-pessimism, science-fiction, and supernatural-horror. Proficient in string instruments, piano, synthesizers, recording hardware and software, and “obfuscated everyday, non-musical objects”. Member of HONTATEDORI, Kanji Nakao Trio … Collaborators include Klaus Filip, Jean-Luc Guionnet, Kazushige Kinoshita, Eric La Casa, Radu Malfatti … Recorded or mastered numerous records for labels such as Erstwhile Records, Enban, map … Published more than 30 solo or collaborative records and performed in Asia, Europe, Middle East, and United States. Recent publications include Species Pluralis with Jarrod Fowler (No Schools Recordings 2016), The Whistler with Graham Lambkin (Erstwhile Records 2017), zymology with Sam Sfirri (hibari music 2017), Failed Celestial Creatures with David Grubbs (Empty Editions 2018).

1976年生まれ。東京出身。90年代後半より、主に実験音楽の分野で演奏活動を開始。HOSE、かえる目、ホンタテドリ、中尾勘二トリオ、THEY LIVEなどのグループに参加。映画音楽作品に『ロスト★マイウェイ』(04/古澤健監督)、『一万年、後....。』(07/沖島勲監督)、『海のふた』(14/豊島圭介監督)、『お盆の弟』(15/大崎章監督))、『海辺の生と死』『月子』(17/越川道夫監督)ほか。演出家・松井周率いる劇団「サンプル」の舞台音楽を担当。山下澄人+飴屋法水『を待ちながら』に「音楽家」として出演。近年の音楽作品に、生物学者Jarrod Fowlerとの≪Species pluralis≫(16/No Schools Recordings)、グラハム・ラムキンとの≪The Whistler≫(17/erstwhile records)、電子音楽作品≪cloud of unknowning≫(17/tenseless music)など。また、サウンドエンジニアとして数々の録音作品に携わる。



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Radio Panel Discussion 1: Politics of Survival 生き残りのための政治
12月23日 Saturday 19時~21時

“Alienation is then considered not as the loss of human authenticity,
but as estrangement from capitalist interest, and therefore a necessary condition for the construction
– in a space estranged from and hostile to labor relations
– of an ultimate human relationship.” Franco Beradi (The Soul on Strike, 2009)

「疎外は人間の信頼性の喪失ではなく、資本主義的な関心からの離反と解釈される。
それゆえに、-労働関係とは疎遠であり敵対的な空間における
- 究極的な人間関係の構築にとって必要条件である」フランコ・ベラルディ(2009)

Over the years prior to the turn of the century many has changed dramatically.
The wall in Berlin that separates East and West Germany had collapsed.
The Soviet bloc defeated and the Capitalist history turned to its end.
Democracy had triumphed over dictatorship, however,
thereafter a staccato of deregulations and economic restructuring let Western welfare states crumbling down.
Regular employment ceased and in the following decades the rest of the workers and the generations to follow has to live and survive precariously on their own. In Japan the family-corporate system broke down allowing a “lost generation” to proliferate who mostly still look back at the glory days waiting for someday they relive the postwar abundant past, but to some they simply lost hope. Today, as precariousness escalate globally, estrangement and hopelessness has become a shared feeling and condition. But, as Judith Butler warned that without accepting the fact that our lives are precarious – that our bodies die and decay – we cannot understand the importance of life, and without grievability of lives lost there is no reason to celebrate life (Butler, 2010).

In the wake of contemporary politics and culture of death we ask ourselves, what hope do we get from hopelessness (is there any)? And as the disparity of estrangement widely grows, how do we grieve our precarious lives if we do not recognize the loss of other lives different from us and what are the radical possibility we get from estrangement with Capitalism? Accordingly, in this panel discussion we gather three researchers from different fields: Didi Han, a Geographer from South Korea, will discuss her research about precarious young people in Seoul who learned to support each other through Bin Zib; Barbara Cueto, researcher/curator, will share her thoughts about what tools are available for us to withdraw from capitalism; While, Sociologist Yoshitaka Mouri responds to each presentations as he relates it to his analysis and case study of the new cultural/political movement initiated by Japanese Freeters generations.

21世紀が幕をあける前から、多くの劇的な変化が世界で起こりました。
ドイツの東と西を隔てたベルリンの壁が崩壊し、ソビエト圏は敗北し、資本家の歴史は終わりを告げました。民主主義は独裁主義に勝利しましたが、規制緩和と経済復興の拡大は西洋の福祉国家の崩壊を招きました。正規雇用は激減し、続く数十年の間に非正規労働者とその後に続く世代は不安定な状況で生き延びることを余儀なくされます。日本では同族会社の制度が崩壊したことで、「ロストジェネレーション」が増えました。かれらはほとんどの場合、輝かしい日々を振り返り、戦後の豊かな時代をいつの日にか再び生きることを願う人たちでしたが、一部の人たちにとってははただ希望が失われることになりました。今日、この不安定な状況が世界的に拡大するにつれ、離反と絶望は世界共通の感覚・認識になったと言えるでしょう。
しかしジュディス・バトラーが忠告するように、私たちの生が不安定である事実-私たちの身体は死に、
腐敗していくこと-を受け入れなければ、私たちは生の尊さを理解できないのであり、生に対する嘆きがなければ、生を祝福する理由も存在しません(バトラー、2010)。

死にまつわる現代の政治学と文化が生まれようとするなか、私たちは絶望からどんな希望を見出すのか(希望はありうるか)と自問します。世界の分断と隔たりがますます拡大されるなか、私たちが自分たちとは異なる他者の死を認識しないならば、どうやって不安定な自分たちの生を嘆くことができるのか?資本主義からの離反から、私たちはどんな根源的な可能性を見いだせるのか?異なる専門領域から3人の研究者を招いてディスカッションを行います。韓国のDidi HanはBin Zibを通して協同的な関係を作り上げたソウルのプレカリアートな若者たちについてのリサーチを紹介します。リサーチャー/キュレーターであるBarbara Cuetoは資本主義から離脱するために有効なツールは何であるかについて、
自身の考えを共有します。社会学者の毛利嘉孝は日本のフリーター世代によって誕生した新しい政治/文化運動についてのケーススタディと自身の分析を関連付けながら、個々のプレゼンテーションに対する見解を述べます。

Discussant: Yoshitaka Mouri
Presenter: Didi Han
Presenter: Barbara Cueto


Radio Panel Discussion 2: Fragile Unions

12月26日(火)19時~21時 不安定の中のユニオン

労働力がますます細分化され、孤立化し、お互いに見えない存在になっている現代では、
力を持つ、効果的な労働運動の姿がなかなか想像しにくくなったと言えるでしょう。
非正規労働者、アウトソーシングなどが増えるとプレカリアートである労働者が団結することがさらに難しくなります。
多くの非正規労働者は複数の現場でさまざまなシフトをこなすために、同僚とつながる機会も少なく、特に技能実習生の場合は労働者とさえ認められていない状況があります。

今回のパネルディスカッションでは、大量のプレカリティの時代において労働組合の再解釈を試みます。
組織とその活動がどのように変化してきたか、孤立し情報が手に届かない、弱い立場に置かれている労働者が急増する中で労働組合はどのように成立しうるかという話をしたいと思います。
フリーター、感情労働、移住労働者、技能実習生を特に支援する労働組合を呼び、どのような政治的社会的な状況の下で組織が形成されたか、どのような仕組み、戦略で動いているかという話しをしながら、重要なケースを紹介して、現代の日本社会でのプレカリアートの労働力が主に直面している問題を提起していただきます。

In an age when the workforce is increasingly divided, isolated and made invisible from each other, it seems ever harder to conceive of a strong and effective union movement.
As irregular workers, temporary contracts and outsourcing reach new heights there are ever greater hurdles for such precarious workers to organize themselves.
Many of us are working for several companies at the same time, working different shifts and in different places from our colleagues,and in the case of foreign trainees in particular are even denied the recognition as workers all together.

In this panel discussion we attempt to touch upon the reconceptualization of the union in times of mass precarity and examine how labour groups go about organizing themselves in the face of the ever more solitary, uninformed and vulnerable worker.
Inviting unions which specialize in support for freeters, emotional labourers,
migrant workers and foreign trainees we consider the socio-political conditions
which brought about the founding of such unions, their structure and strategies,
key cases and the pressing issues facing the precarious workforce in Japanese society today.

Presenter:Eriko Fuse
Presenter:Yamaguchi Tomoyuki
Facilitator MariaK.Peralva

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# by rojitohito | 2017-11-30 11:29 | これからの予定 | Comments(0)

カート・ヴォネガット読書会


ヴォネガットの読書会を始めます。第一回は『タイタンの妖女』です。ヴォネガットの誕生日に、ヴォネガット作品について語り合いたいと思います。


日時: 2017年11月11日 午後3時くらから6時くらいまで

参加費: 無料

お願い: 『タイタンの妖女』を読んできてください。

問い合わせ: twitter @VonnegutReading


*カート・ヴォネガットについて

1922年11月11日生、2007年4月11日没。アメリカ、イリノイ州でドイツ移民の家に生まれた。化学を学んでいたが第二次世界大戦でアメリカ軍として参戦、ドレスデンでイギリス軍からの空爆に会い、九死に一生を得る。後、文化人類学を学び、ゼネラル・エレクトリック広報部勤務を経て作家に。人類に対する皮相的かつ笑える作風で知られる。20世紀アメリカを代表する作家のひとり。村上春樹、高橋源一郎も影響を受けた。


『タイタンの妖女』について

1959年に出版の2作目の小説。代表作の一つ。主人公、マラカイ・コンスタントは火星人にさらわれ、自由意思を失う。火星軍人として地球に向かうと思いきや水星に着陸。水星を脱し、地球に帰り着くのも束の間、タイタン(土星の衛星)に。彼の人生を操っていたのは大富豪、ウィンストン・ナイルス・ラムファード。そしてラムファードは、トラルファマドール星人のサロに操られていた。


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# by rojitohito | 2017-11-11 23:09 | 2017年終了イベント | Comments(0)
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路地と人メンバー鶴崎が、
と整体・川﨑智子さんの話を聞く、という形で
2014年4月から2017年3月まで、
三年間継続してきた対話冊子『ある』ですが、
これをまとめて再編集して本にする作業をしています。
発刊日は2017年10月19日。
合わせまして、11月4日、発売記念イベントをおこないます。
最近、「気」にまつわるお稽古を始めた川崎さんとともに、
新宿から水道橋まで気を探り、巡りながら歩きます。
どうぞお気軽にご参加ください。



整体対話読本『ある』 出版記念イベント
気をめぐる散歩


2017年11月4日(土)
10時 JR新宿駅東南口 集合
(予定時間未定/水道橋・路地と人まで歩く予定)
(予約不要/雨天基本的に決行。中止の場合、twitterにてお知らせします。)
参加料:1000円
案内役:川﨑智子(と整体)
お問い合わせや、当日なにかありましたら担当:鶴崎まで(tsurusakiizumi@gmail.com)


・・
整体対話読本『ある』

〈話し手〉川﨑智子(と整体)
〈聞き手〉鶴崎いづみ(観察と編集)

発刊日 2017年10月19日
部数 限定100部(事前予約のみおまけ付き)
値段 2160円(税込)(送付希望の方は+送料180円)
発行 観察と編集
事前予約の場合、予約後、事前にご入金頂き、発行日に合わせて発送または手渡しさせて頂きます。
また、イベント当日、路地と人でも販売します。
お問い合わせ、ご予約は、tsurusakiizumi@gmail.com までご連絡ください。

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川﨑智子
1970年5月5日宮崎県生。不調をきっかけに出会った野口整体により体の全感覚が一致した自覚が生まれ、元気で丈夫に、自由になる。気を独学。2005年より整体活動開始。整体指導者として、「と整体」を主宰。また、2017年4月より気にまつわる活動「玄竹居 」を始める。

観察と編集
鶴崎いづみによる、観察と編集を基礎とする試み。主に出版などをおこなう。





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# by rojitohito | 2017-11-04 18:30 | 2017年終了イベント | Comments(0)

「白日」津和﨑彰子

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「白日」
津和﨑彰子 個展


会期 2017年8月19日(土)〜26日(土)
時間 19日 19時―21時
   20日 11時―21時
   21日〜26日 15時―21時


8月19日 19時―21時
オープニングイベント|朗読室「 無名 」
参加料:500円(ごはん付き)
※詳しくは、リンク参照。



津和﨑彰子
1982年福岡生まれ。幼稚園の先生。白ごはんとぶどう味がすきです。




カッチ、カッチ、カッチ
〝 あ、そこ右ね、 〟カッチ、カッチ、、
〝もうウィンカーあげとるじゃん。〟
笑ってる助手席をよそに、ゆっくりハンドルを切る。

お母さんが昨夜、左足をひねった。や、ねじった?
とりあえず痛めたようなので湿布を貼って、ひょこひょこ歩きでやり過ごしていた。
今朝台所に立ってご飯の支度をする後ろ姿に、
しもた、寝過ごした、と思いながら隣に並ぶと、今は痛みが増した感はなく、
けれど、寝る姿勢が一番しんどいらしく、明け方近くになってようやく眠れたくらいだったようで。
朝一番で受診することにした。
改装された病院は明るくて白く、でもって待合室はいっぱいだった。
問診票を書いてから、空いたソファに並んで座る。
窓際の棚には、看護婦さん作かな、折り紙でできた川下りの船と船頭さん、幾重にも広がる大きな花、
どうやってできてるのかわからない複雑そうなコースターみたいなの、とかが並んでいて。
小さめのの水槽にはたくさんメダカがいる。
津和﨑さん、て呼ばれるのはもうちょっとかかりそう。
白い壁紙に白いレースのカーテン、外も同じに晴れてる。


白紙
白雪
だいすき白米
白いTシャツ
かわいい白猫
告白
明白
白雲
白銀、あ、これは他の色入ったからだめね、
またクローゼットに増える白いTシャツ、
乳白、はセーフ?
白玉
白煙
白昼夢、はやだけど
白亜の宮殿はいいなあ、とか。


白い絵が多いなって、思って
展示会の名前は〝白〟を入れようかなあとなんとなく考える。

ガッコン。

病院の玄関入ってすぐ左に自販機がおいてある。
ソファに座った私達の場所からは見えないけど。
そしたら受付に、あの魚釣りする人がよく着てるチョッキ? あれなんて言うんだ、
それ着たおじちゃんが、リアルゴールドのペットボトル片手にやって来た。
なるほど、リアルゴールド。
〝最近オロナミンC飲まんねえ。〟
〝あれリアルゴールドよ。〟
〝おんなじやろ?〟
〝味一緒と思う、うん、てかすきけどもらって飲むくらいよ。〟
〝お母さん、すかん。〟
〝知っとる、おいしいのに。〟
オロナミンCとリアルゴールドの違いをよくわかってない私だけれど、
おじいちゃんおばあちゃんたちは、それらを箱買いしている。のをスーパーでよく見る。

津和﨑さん、
呼ばれてお母さんは、血圧を測ってもらって次はレントゲン室へ。
一人でぼうっと、減っては増える待合室を眺めてる。
ふたつ前の席に杖をついたおばあちゃんとおばちゃん。
親子かなあ、それともおばちゃんはお嫁さんか。
どっちでもいいけど、二人とも慣れた感じでひっついて混んだソファに座る。
おばちゃんの左側におばあちゃん。
私とお母さんも並びたいていそうかもなって思う。
私は立ち位置右慣れしてて、ほかの人といる時もわりとそうかもな。
無意識かな。
そういえばお母さんもともとはどっちが慣れてるんだろう。
そういうの気にしない、というか意識もしてなさそうな気もするけど。
なんでもござれ感あるなあとか。

ふと、私のことはなんでも、や、全部でなくとも、たいがいは、おおよそ知ってるお母さんも
おばあちゃんになったわたしは知らないんだなあと思って。
ちょっとびっくりする。
してると、お母さんがレントゲン室から出てきて、すぐに診察室に呼ばれたので、一緒に入った。

結果、そうね、腫れてもないし、筋肉骨も異常無し、ちょっとした時に足のつき方が悪かったとかやろうねえ、
すこぉしひねったんやろう、三日後木曜に念のため診せにきてね、痛み止めと湿布ば出しとこ! とのことだった。

受付で会計を済ませていると、リアルゴールドおじちゃんが診察を終えたのか、短い廊下の向こうから来る。
その手にはなぜか、ラベルの剥がされた状態のペットボトル。
そうなるともうそれこそどっちかわかんないなと思いながら、お釣りを受け取った。
帰りの車の中で、ホッとして元気が出てきたらしいお母さんが、本当は昨夜布団の中で心配が拡大して、
最終的に複雑骨折まで視野に入れて、というかそうじゃなかろうかと踏んでいたことを白状した。
ちょっとふいた。

木曜日、朝は混むだろうから昼前くらいにと要望あったので(お母さんから)、十一時過ぎに病院へ向かった。
完全に痛みもなくなってどうもないので、行かなくてもいいんじゃないかと控えめにめんどくさがってはいたけれど。
お母さんの読み通り待合室は空いていて、すぐに診察室に通されすぐに出てきて、
一応残りの湿布を貼るよう言われたとの事。きっと貼らないな。

会計待ちしていると、リアルゴールドおじちゃんがリハビリ室から出てきた。
今日もあの魚釣りチョッキを着ているけれど、リアルゴールドじゃない。
どころか、両の手空いたまんま、ソファにどっかりした。

津和﨑さん、
二人で立ち上がって受付に行く背中に、おおきなげっぷが響いた。
たぶん、じゃなくなかった。
すかさず左を見るとすでに目があって、ふきだした。





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# by rojitohito | 2017-07-24 21:03 | 2017年終了イベント | Comments(0)

Botanical mind/Hisako Kawakami

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Botanical mind
“We Have Been This Way Forever.”
Hisako Kawakami

Date:
2017.7.22(Sat)&23(Sun)
open 12:00 〜 close 21:00
Birthday party 23th(Sun)18:00〜
(watermelon,alcohol,etc...)
Well come all people!!



友達と飲んでる時に、「ねぇ、ほんとに(せんそう)って起きるかな?」と聞かれた。いつも無邪気でかわいい女の子にふいにそう言われ、思わず笑った。ショックだったのを覚えている。これまでは写真を熱心に撮っていたけれど、なんだか行き詰まりを感じて休憩しようと思い、ドローイングを描きはじめた。話は変わるけれど、この展示の日はわたしの誕生日で、25歳になる。これが四半世紀というやつだ。人生のほとんど全てを東京で過ごしている。田舎がない。街路樹のプラタナス、隣家の鉢植え、野良猫やネズミ、それを自然のようだと思っている。ジブリで描かれるような原風景が心にない。産業道路を見ると安心する。でも、たまに都内で大きな木を見ると、昔馴染みにあったような懐かしさを感じる。「昔、私たちも元をたどれば木や植物だったね。」それはもう戻らない日々のことを言っている。「「ねぇ、ほんとにミサイル落ちてきたらどうする?」」私たちはもう葉っぱや木や街路樹や野良猫やネズミには戻れない。(チンパンジーにもゴリラにも、だ。)けれど、ここ(東京や、もっと人が多くてざわざわした、危ないが魅力もあるような)で生きていくにはプラタナスの気持ちを借りたり、野良猫になったり、犬みたいに吠えたり、人間を離れた方がいいこともある。ミサイルが落ちること、たたかうこと、そういうことを一回放棄して、街のエアポケットに忍び込む。ちゃんと逃げ、やすむ、忍び足で前に進む。その先にはちゃんと続きがある。「ねぇ、ほんとに(せんそう)って起きるかな?」あの時こんな風に、彼女にちゃんと答えられてたっけ。



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# by rojitohito | 2017-07-22 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)
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2017年7月8日〜18日
路地と人
開催時間はTwitterにて随時告知
Facebookイベントページ
https://www.facebook.com/events/1899136583700054/?ti=icl


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【チグエンナーレとは】
第一回26歳ヨシマツチグサ一人芸術(工作)祭チグエンナーレとは全てヨシマツチグサ本人が手がける26歳ヨシマツチグサ芸術、ではなく工作祭である。
3年に1度、とは言わず今後毎年しつこく行われるか、はたまた今後2度と行われないかもしれないと言うなんとも気まぐれなチグエンナーレ。
芸術とはかけ離れた工作を手がけ、家族には貧乏アートと呼ばれ友人からはクソ工作と呼ばれるヨシマツチグサの作品達。
この工作祭はあくまでもヨシマツチグサ本人の自己満足のための祭典なのである。
会場は東京都水道橋駅にある【路地と人】埼玉県川口市蕨駅にある【しばしば舎】の2エリアで開催する。



[ヨシマツチグサ]
1991年埼玉県生まれ
現代アートおたくの両親に育てられ小さい頃からもの作りに手を出す。
幼い頃から動く、音を出す、水が出るなど動きにあるものが好きで
おもちゃを分解して独自のおもちゃを作り出したり
ボールペンで丸をひたすら描いて空想デッサンをしたり
輪ゴム、トイレットペーパー、グミ、などを鍵編みして帽子を作ってみたり
素材、手法にこだわらず独自の工作の追求を進める工作人間。
現在は2年前に埼玉から別府に拠点を移し活動する。



◯“幻の回しそうめん”




◯中学生の頃に敬老の日にあげた“孫の指”
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◯母の誕生日にあげた“パンダちゃん”(回転しバースデーソングが流れる)
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◯“ケーキシリーズ”
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◯“セルフポートレートシリーズ”
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チグエンナーレTwitter
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# by rojitohito | 2017-07-08 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)
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日時 2017年7月3日(月)
16:00〜画譜の茶話 
19:00〜懐烟画譜
会場 路地と人
参加費 各回1000円(資料込)
*ノート作成の場合は材料費別途500円がかかります。参加者は筆・墨・硯をお持ちください。


・・・・・

画論を読む茶話会に並行して、画譜に習う筆墨の集まりを始めて約一年が経ちます。

鉛筆と洋紙のノートの普及以前、日本では中国の漢字文化圏の下育まれた筆墨による筆記が専ら行われておりました。
当然絵画においても同じ道具が用いられたわけですが、さて、その時代の絵画学習はどのように行われていたのでしょうか。

例えば、絵師の徒弟となった場合には、師匠の描いたお手本を模写することで、筆の使い方、モチーフの捕らえ方などの基礎を築き、その上で古きを守るに務めたり、さらに自らの特色を工夫し盛り込むなどしながら一人の画風を育む、といった学習過程であったようです。

また、さまざまな絵を見るために寺社や個人宅を訪ね、手控えに簡略にその構成を写し取ったり、場合によってはその絵を借り受けてこれを実寸大で模写をする。それは、今日のように印刷物や画像データで多様な絵画を手軽に見られる状況にはなかった時代に、彩色法や筆法などの技法、画面構成、各種画題と、さまざまな情報を獲得するための必要手段でもあったことが想像されます。

江戸時代、町人階層が豊かになるにつれ、出版も次第に盛んになってゆきます。
それまでは師弟関係の中で得られるものであった上記の絵画に関する情報もまた、版に起こされるようになります。これに先行して、中国大陸では明末清初にかけて出版が盛んとなり、挿絵から展開して図像を集めた書籍、そして絵画に関する書籍の出版が行われました。これらは儒者らの手を介す等して日本へも紹介され、写本の作成はもとより、それら国内版の作成や、絵師による各種翻案版の作成にいたるなど、以後絵画へ出版物へと影響をもたらしました。

この会では、こうした画譜を介して実際に写本を作成しながら、筆墨での絵画学習を追体験し、また、今日どこか断絶した感のあるその造詣意識にとゆるやかに触れ得る機会にしていければと考えております。この作業が、体験者それぞれの造詣意識や文化史上の問題意識にと結びついて、何がしか今日なりの可能性を再発見するための端緒となれば、と願ってもいます。

会ではまず自分の使うノートを半紙でつくるところから始めます。
またその後写本を作成するテキストは『芥子園画伝』から始めます。江戸時代中期以降の日本の漢画に新たなシーンを築き、その学習の支えとなったといっても過言ではない、理論書と図録を兼ねたテクストと云えましょう。

併せて、これまで懐烟茶話として行ってきた中国絵画に関する文献の読書会は、印刻実習、書道用品店や展示の見学など複合的にこうした文化に触れるゆるやかな機会として活用・展開して行ければと考えております。もちろん筆写も併せて行える時間となる予定です。こちらは懐烟画譜の茶話として、画譜会の前の夕方の時間を共に活用しましょう。

月一回、それぞれのペースで、筆墨に親しむ機会にとしていければと考えておりますので、小学校・中学校以来という方も、書道道具をお持ちいただき、お気軽にご参加いただければと思っております。なお、ご参加の方は筆墨に親しむため、各自硯と墨と筆をお持ち下されたく存じます。
(中西レモン)



懐烟画譜によせて
 少し前まで、街中で歩いていても書き慣れた毛筆の注意書きなどを見かけることがあったが最近ではめっきり見ることがなくなった。恐らくは二十年ほどのことかと思うが、これに気づいたのは大阪千日前の書店で行草の商品紹介を掲示をしているのを見たときである。
主人の趣味もあるのだろうけれども、確かにこの様な掲示は見たことがあったから、かかる書店の掲示は習慣を変えないままきてしまったのだろうと思われた。
行体は読めるにせよ、現在草体はどれくらいの人が読める、いや文字として目にとめるだろうかと同時に感じたのを覚えている。だいたい手書きの掲示物すら一部の寺院で見るくらいしかもう見かけなくなった世間ではある。その中で手書きを模した書体もあり、手書きそのものも数ある趣味の一部と漠然と分類されるという感もある。

文化とは不断に更新されるがその足音は静かなようである。私はさまざまの変化に無頓着であるが、あるときある拍子に、私たちが過去に親しんだ、ある習慣が思い出されることがある。その時間的な飛躍は優に一世代を超えて、我々がしたこともない髷を頭に乗せていた頃が立ち現われることもあるのである。

たとえば何かしらかの色のある粉をつなぎを入れて練った物をまた溶いて、それを毛を束ね、それに持ち手として棒をつけたものを使い筆記する事は、絵を描いた経験ある者にとってみれば日常茶飯である。
この行為の単純は今回対象としている墨を使った画が描かれたところと全く変わりがないのである。
ひとたび各々比較すれば、自ずと似ているところを見、また如何してか似ていないところも認めることになるだろう。

たまさか我々の遊ぶ文化の持つ起伏の上を、親しみと新鮮さを以って散策してみることとしよう。
(高村健志)

・・・・・

高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。

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# by rojitohito | 2017-07-03 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)

願い事をかく

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もうすぐ七夕がやって来ます。
七夕と正月に願い事をすると叶いやすいと、
整体の世界では言われていると聞きました。
だから、今年はその方法を、
ちょっと試してみようと思います。
願いを胸に、
どうぞふらりとお立ち寄りください。






あなたの願い事を書き尽くしてください。
ひとつも書き漏らさないように。
自分の中から出て来る願い、
ひとつひとつすべてを肯定してください。
出来るだけ声に出して読んでください。
出し尽くしたら、
織姫と彦星に後は任せて
すっかり忘れてください。




願い事をかく

2017年7月2日(日)
14時から20時


・入場無料
・途中入退室自由
・書く物、飲み物、食べ物、持ち寄り歓迎




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# by rojitohito | 2017-07-02 19:17 | 2017年終了イベント | Comments(0)
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日時 2017年6月26日(月)
16:00〜画譜の茶話 
19:00〜懐烟画譜
会場 路地と人
参加費 各回1000円(資料込)
*ノート作成の場合は材料費別途500円がかかります。参加者は筆・墨・硯をお持ちください。


・・・・・

画論を読む茶話会に並行して、画譜に習う筆墨の集まりを始めて約一年が経ちます。

鉛筆と洋紙のノートの普及以前、日本では中国の漢字文化圏の下育まれた筆墨による筆記が専ら行われておりました。
当然絵画においても同じ道具が用いられたわけですが、さて、その時代の絵画学習はどのように行われていたのでしょうか。

例えば、絵師の徒弟となった場合には、師匠の描いたお手本を模写することで、筆の使い方、モチーフの捕らえ方などの基礎を築き、その上で古きを守るに務めたり、さらに自らの特色を工夫し盛り込むなどしながら一人の画風を育む、といった学習過程であったようです。

また、さまざまな絵を見るために寺社や個人宅を訪ね、手控えに簡略にその構成を写し取ったり、場合によってはその絵を借り受けてこれを実寸大で模写をする。それは、今日のように印刷物や画像データで多様な絵画を手軽に見られる状況にはなかった時代に、彩色法や筆法などの技法、画面構成、各種画題と、さまざまな情報を獲得するための必要手段でもあったことが想像されます。

江戸時代、町人階層が豊かになるにつれ、出版も次第に盛んになってゆきます。
それまでは師弟関係の中で得られるものであった上記の絵画に関する情報もまた、版に起こされるようになります。これに先行して、中国大陸では明末清初にかけて出版が盛んとなり、挿絵から展開して図像を集めた書籍、そして絵画に関する書籍の出版が行われました。これらは儒者らの手を介す等して日本へも紹介され、写本の作成はもとより、それら国内版の作成や、絵師による各種翻案版の作成にいたるなど、以後絵画へ出版物へと影響をもたらしました。

この会では、こうした画譜を介して実際に写本を作成しながら、筆墨での絵画学習を追体験し、また、今日どこか断絶した感のあるその造詣意識にとゆるやかに触れ得る機会にしていければと考えております。この作業が、体験者それぞれの造詣意識や文化史上の問題意識にと結びついて、何がしか今日なりの可能性を再発見するための端緒となれば、と願ってもいます。

会ではまず自分の使うノートを半紙でつくるところから始めます。
またその後写本を作成するテキストは『芥子園画伝』から始めます。江戸時代中期以降の日本の漢画に新たなシーンを築き、その学習の支えとなったといっても過言ではない、理論書と図録を兼ねたテクストと云えましょう。

併せて、これまで懐烟茶話として行ってきた中国絵画に関する文献の読書会は、印刻実習、書道用品店や展示の見学など複合的にこうした文化に触れるゆるやかな機会として活用・展開して行ければと考えております。もちろん筆写も併せて行える時間となる予定です。こちらは懐烟画譜の茶話として、画譜会の前の夕方の時間を共に活用しましょう。

月一回、それぞれのペースで、筆墨に親しむ機会にとしていければと考えておりますので、小学校・中学校以来という方も、書道道具をお持ちいただき、お気軽にご参加いただければと思っております。なお、ご参加の方は筆墨に親しむため、各自硯と墨と筆をお持ち下されたく存じます。
(中西レモン)



懐烟画譜によせて
 少し前まで、街中で歩いていても書き慣れた毛筆の注意書きなどを見かけることがあったが最近ではめっきり見ることがなくなった。恐らくは二十年ほどのことかと思うが、これに気づいたのは大阪千日前の書店で行草の商品紹介を掲示をしているのを見たときである。
主人の趣味もあるのだろうけれども、確かにこの様な掲示は見たことがあったから、かかる書店の掲示は習慣を変えないままきてしまったのだろうと思われた。
行体は読めるにせよ、現在草体はどれくらいの人が読める、いや文字として目にとめるだろうかと同時に感じたのを覚えている。だいたい手書きの掲示物すら一部の寺院で見るくらいしかもう見かけなくなった世間ではある。その中で手書きを模した書体もあり、手書きそのものも数ある趣味の一部と漠然と分類されるという感もある。

文化とは不断に更新されるがその足音は静かなようである。私はさまざまの変化に無頓着であるが、あるときある拍子に、私たちが過去に親しんだ、ある習慣が思い出されることがある。その時間的な飛躍は優に一世代を超えて、我々がしたこともない髷を頭に乗せていた頃が立ち現われることもあるのである。

たとえば何かしらかの色のある粉をつなぎを入れて練った物をまた溶いて、それを毛を束ね、それに持ち手として棒をつけたものを使い筆記する事は、絵を描いた経験ある者にとってみれば日常茶飯である。
この行為の単純は今回対象としている墨を使った画が描かれたところと全く変わりがないのである。
ひとたび各々比較すれば、自ずと似ているところを見、また如何してか似ていないところも認めることになるだろう。

たまさか我々の遊ぶ文化の持つ起伏の上を、親しみと新鮮さを以って散策してみることとしよう。
(高村健志)

・・・・・

高村健志
昭和59年10月23日神戸市生まれ、通算引っ越し回数7回を経て画家、現在に至る。

中西レモン 
ぶらぶらしてる人。あれこれ首をつっこんできまして、このごろは庶民の唄と踊りと物語、あと絵画にも関心が回帰してきているようです。
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# by rojitohito | 2017-06-26 00:00 | 2017年終了イベント | Comments(0)

JR水道橋駅のうら路地にある古い建物の2階で展示や催しを行う「路地と人」のサイトです


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